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愚者達は滅び、後には何が残るか?~神々の黄昏~

★リヒャルト・ヴァーグナー畢生の大作『ニーベルングの指輪』。その第4夜『神々の黄昏』の概容(あらすじ)を読み、これは奸智に長けた者たちの複雑なる謀略と、それに引っかかって結局は自滅のプロセスを辿る神々や英雄たちの悲喜劇のような印象を受けた。

★人間界ならば当然あり得る権力を廻る陰謀と策略、それに引っかかって自滅していく愚者達のドラマ。文明開闢あるいはそれ以前から、幾世紀にも亙って繰り返されてきた愚なる悲劇。このような悲劇によって、世界は何度破滅を繰り返してきたであろう。舞台を未だ真剣に見ていない私が、あらすじを見つつ思うに、ヴァーグナーは神々と英雄達というメタファーを使い、世界が奸智と愚鈍によって破滅に向かうプロセスを劇的に描ききったのではなかろうか。

★奸智をしかける側は、『指輪』の序章・『ラインの黄金』に登場し、ラインの乙女たちから世界を手に入れることが出来る魔力の指輪を強奪した極悪の小人・アルベリッヒの子孫ハーゲンとその異父兄弟ギュンター。彼等の謀略により、中心人物である英雄ジークフリートとその妻でヴァルハラの城主ヴォータンの娘“ワルキューレ”の長姉であるブリュンヒルデは、“永遠の誓い”を反故にされ、互いに陥れられ、ジークフリートは弱点である背中をハーゲンに刺されて死ぬ。彼らの奸智謀略に嵌められたことに気付き、愛する者を喪ったブリュンヒルデは、ジークフリートの遺骸から、全ての災いのもととされた『指輪』を抜き取り『この指輪とヴォータンの企みこそ全ての元凶なり』と言い放ち、指輪をラインの乙女たちに返し、ヴァルハラに火を放ち、ジークフリートの遺骸と共に炎に包まれ死んでいく。とともに、忽ちライン河は洪水をおこし、ハーゲンは溺れ死に、天空の城ヴァルハラは大火に包まれ、こうして神々も英雄も、破滅する世界と運命を共にしていった。

★神々と英雄はもはや破滅の当事者たる「愚者たち」として、この世界を包む炎の中で灰になっていったのだ。…これが、権力と諸々を手に入れるために仕組んだ奸智と謀略が、最後には全てを破滅に導くことになるのだと、『神々の黄昏』は教えている。

★『神々の黄昏』の後迎えた世界の破滅のあと、当然新しい世界が生まれて来るのだが、私はその新世界の構成者の中に、実はアルベリッヒのような、言ってみれば奸智に長けまくった極悪人が混じっている可能性を考えた。

★現実世界の歴史のあり様を考えれば、世界にはアルベリッヒのようなヤツが何世紀にも亙って、極言すれば世界を統べる権力=“指輪”を手に入れる為、あらゆる複雑なる奸智と謀略を繰り返し、そのたびに無数のジークフリートやブリュンヒルデが非業の最期を迎えたことであろう。『指輪』に登場するジークフリートやブリュンヒルデは懸命に生き、愛を求める多くの人々のメタファーでもある。そしてこの世は、そういう人に限って、実は奸智と謀略を見抜く智恵を持たない(あるいはアドヴァイスされても聞き入れられないので持てない)人が多いため、最悪の場合、結局は陥れられ、悲惨な末路を辿ってしまう。

★『神々の黄昏』での唯一の救いといえるのは、愛する者も何もかも喪ったブリュンヒルデが、神々の世界に火をつける直前に、ラインの乙女たちに、災厄を齎してきた例の指輪を返すところだろう(ブリュンヒルデの自己犠牲)。

★奸智にたけたヤツらにダマされた自らの愚かさを悔い、指輪をもとの持ち主であるラインの乙女たちに返し、自らはジークフリートの裏切りも彼の純粋性のなせることと言って、ものいわぬ骸と化したジークフリートと共に死に赴く。ブリュンヒルデは自らの命と引き換えに、愚かしい神々によって築かれた、権力欲と陰謀、策略に満ち満ちた禍々しい世界を炎によって完全破壊し、リセットする。

★ところが、実際の世界がそうでないということを考えると、やはり『神々の黄昏』の後の世界も、また禍々しい人間たちによって、陰謀と策略とが繰り広げられ、それを見抜けなかった多くの人々が、ジークフリートとブリュンヒルデのように自滅のプロセスを辿っていくのだろうと考えざるを得ない。

★それでは、多くの人々を陥れ、世界を破滅に導きかねない「奸智と策略」を見抜く為には、何が必要か。万人がジークフリートとブリュンヒルデのような末路を辿らずにすむには、如何したらよいのか。

★それには、英知(叡智)と哲理が必要と、私は考える。それは、自分一人で得るのは非常に難しい。滅びを避け、本当に愛と平和に満ちた世界に生きる為には、賢明な周囲の諫言を聞くことから、それは始まると思う。

★『神々の黄昏』では、ジークフリートもブリュンヒルデも、妖精たちやきょうだいたちの諫言を聞かずに、最期には謀略の為に互いの愛を破壊され、ヴァルハラの炎上と共に人生を終えてしまった。諫言には、悪徳によって滅ぼされる危機を回避するための英知と哲理があったはずだった。彼等は諫言を聞き入れなかったばかりに、結局は愚かで謀略好きな神々ともども滅亡したのだ。

★“愛”を永遠ならしめる為には、やはり悪を鋭く見抜く英知と哲理を持たなくてはならない。若し、2人が妖精やブリュンヒルデのきょうだいたちの諫言を聞き入れたならば、謀略による破滅は回避され、2人は永遠の愛に生きられたかもしれなかった。裏切りや悔恨と無縁で、お前百までわしゃ九十九まで、ではないが、年老いて死ぬまで添い遂げられた筈であった。

★この『神々の黄昏』では、先に述べたように、最期には愛による自己犠牲が描かれるのだが、愛が悪しき欲望や謀略と合体する時、それは暗愚と化し、滅亡のプロセスへと全てを向かわせる。愛が欲望や謀略と袂を分かつ為には、ブリュンヒルデのように、愛を求めた者が、自ら命を捨てなくてはならなくなる。逆に、英知や哲理と化合した時、それは『慈悲』となり、世界を、人間を破滅から救い、再生させる原動力となり得る。

★『神々の黄昏』の後に到来すべき新しい世界は、アルベリッヒのような奸智と権力欲に長けた悪党が跋扈し、多くの人々が破滅させられる世界であってはならない。『指輪』の物語は、多くの評者が指摘のように、この我等の現実世界における諸々の悪しき実相のメタファーなのだ。

★そのためには、我々は英知を哲理とを、今こそ得て、磨かねばならない。あの2人のように世界もろとも滅びないためにも。
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